あどけない話

インターネットに関する技術的な話など

書評「TAKEDOWN」

Kevin Mitnick を捕まえた下村努さんは、ノーベル化学賞を受賞された下村脩さんのお子さんなんですね。

下村努さんの著書「TAKEDOWN」を読みたくなった人もいるかと思いますので、日経コミュニケーション(No.227; 1996.8.5)に寄稿した書評をここに掲載します。これは、編集部の手が加わってないオリジナルの原稿です。

Takedown: The Pursuit and Capture of Kevin Mitnick by the Man Who Did It

Takedown: The Pursuit and Capture of Kevin Mitnick by the Man Who Did It

ノンフィンクションの面白さ

コンピュータ犯罪の大物 Kevin Mitnick の逮捕に、世界中が湧いたのは1995年2月だった。あれから1年を経て、事件の全容が、追跡劇の中心人物であった下村努氏自身の手により、ノンフィクション「TAKEDOWN」として我々の前に現れた。

セキュリティの専門家による執筆であるだけに、インターネットや電話網などの技術的な記述は申し分ない。また、著書「Cyberpunk」で知られる New York Times の記者 John Markoff 氏が共著に加わっているためか、1つ1つの描写に品性を感じる。コンピュータ犯罪を必要以上に大げさに報道しがちなマスメディアの記事とは違い、本書は事実を淡々と語っているが、事件自体が抜群に面白く、簡素な記述が逆に手に汗握る展開を見事に演出している。

物語は、2カ月以上離ればなれになっていた女性 Julia との関係を確かめるため、下村氏がサンフランシスコ国際空港へ急ぐ場面から始まる。2人は空港から Julia の家に戻り、これからの関係を確認し合っていた。偶然にも、彼らの目の前にあるコンピュータから、サンディエゴにある下村氏のコンピュータへの最初の攻撃が密かに進行していた。何者かが、世間に出ると悪用される可能性があるセキュリティ・プログラムや電子メールを盗み、嘲りのメッセージを留守番電話に残していたのだ。学生 Andrew から侵入の連絡を受けた下村氏は、サンディエゴに戻り、彼と共に侵入者からの挑戦を受けてたつことにした。

追跡は、侵入手口の解析、プロバイダ WELL、Netcom、そして、Sprint や GTE の電話網へと展開していく。下村氏自身の三角関係、さまざまな人間模様、報道に及び腰なセキュリティ情報勧告機関 CERT、安易な解決手段に走ろうとする Well、Netcom の全面的な協力、煮え切らない FBI の態度など、作られたかのようなドラマの進行に、グイグイと引き付けられてしまう。サイバースペースでの戦いが、ゲームの終焉で現実世界と融合する構成は実に素晴らしい。

この程原書「TAKEDOWN」が翻訳され、「テイクダウン」として日本で出版された。しかし、原書の大ファンとして、日本語版の質の低さには大変失望させられた。日本語自体テンポが悪く、また、明らかな誤訳が多い。専門的な文章の訳は滑稽といっていい。本書では、Mitnick の真の犯罪をコンピュータを愛するハッカーの精神を犯したことだと結論付けている。それにも関わらず、「ハッカー」を不法侵入者という意味で、興味を煽るための表紙の宣伝文句として利用している出版社の商売主義には、誠実さを感じられない。可能なら訳本よりも、原書の素晴らしさを味わうことをお勧めする。